当たり前品質と魅力的品質
あまり良い話ではないのだが、当たり前品質と魅力的品質を感覚的に理解するには、人間関係における「許せる」と「許せない」の差を思い返してみると良い。
人間と言うのは行為を寄せた(好きな)人に対しては、ちょっとくらい欠点があっても失態があっても許せるものである。
例えば容姿に優れ、愛嬌のある人は、会社で遅刻が多くても「〇〇さんだから仕方がない」と見逃して貰えたりもするものだ。これは「欠点があってもそれを補ってあまりある魅力的な要素があるから許される」というものであり、魅力的品質はこの考え方に近い。
「当たり前品質」とは言ってしまえば「出来て当たり前」というものであり、基本的には不満の感情から発せられるものが多い。
また、単純に「求めたものが満たされれば満足、満たされなければ不満」と言った単純な構図で成り立つ品質は一元的品質と言い、充足・不充足問わず満足も不満も与えない品質は無関心品質と言う。
ところで「当たり前品質」や「魅力的品質」は狩野モデルと言うもので、定義されており、その定義の品質には次の5種類が存在する。
- 当たり前品質
- 魅力的品質
- 一元的品質
- 無関心品質
- 逆品質
逆品質はあまり試験には出ないが、本来「無い方が良いのにあることによって不満を引き起こす要素」が逆品質になる。
また、当たり前品質は「最低限(当然)」の者であり、魅力的品質は付加価値の要素とも言える。

